ネクロノミコン/Necronomicon
主に「死霊秘法」と訳される。
クトゥルー神話に連なる物語に登場する魔道書。H.P.ラヴクラフトによって創作された。もちろん実在しない書物ではあるが、海外では何度か解説本や翻訳本として出版された。古くは1946年にニューヨークの古書店がラテン語版を販売目録に追加、新聞で報道される騒ぎとなった事もある。
設定上での著者は狂える詩人アブドゥル=アルハザード。紀元前730年、ダマスカスにて執筆された。
執筆後、アルハザードは白昼の路上で透明な魔に生きたまま貪り食われたとされる。
現存する版本の多くは十七世紀版で、ハーバード大学ワイドナー図書館、パリ国立図書館、ミスカトニック大学付属図書館、ブエノスアイレス図書館などに所蔵が確認されているが、完全なものは世界に5部しか現存していない。
余談ではあるが、このアルハザードの名はラヴクラフトが「アラビアン・ナイト」を読んでアラブ人になりたくてたまらなかった五歳の時に誰か大人の人(これが誰かは忘れられている)が彼の為に作り出した名前である。
■幾つかの版
ネクロノミコンには数種類の版が存在する。以下に、それらを記述する。
1:アル・アジフ(アラビア語 Al Azif)
オリジナル。
アブドゥル=アルハザードがアラビア南部の大砂漠にて一人きりで十年の時を過ごし、名も無き都市の廃墟の地下で人類以前の古い種族の書いた年代記を発見した。晩年、ダマスカスで己の知った秘密をまとめ、「キタブ・アル・アジフ(Kitab Al Azif)」を執筆した。「アル・アジフ」とは「獣(魔)の咆哮」の意であり、「キタブ」は「書」を指す言葉である。「獣の咆哮の書」と訳される。オリジナルの形は知られていないが、中世の学者の間では写本の形で出回っていた。しかし、十二世紀頃にはこの版は失われてしまったようである。
2:ネクロノミコン(ギリシャ語 Necronomicon)
テオドラス=フィレタスによる訳。950年。
コンスタンティノープルに住む訳者が「ネクロノミコン」の題を付けた。これは「死者の掟の表象」「死者の書」「死霊秘法」といった意味。
初期の手書き版は総主教ミカエルによって焚書処分とされ、1501年にフィリオ判で大量に印刷されたが宗教弾圧の対象となり、1692年にセイレムで最後の一冊が焚書処分とされた。
3:ネクロノミコン(ラテン語 Necronomicon)
オラウス=ヴォルミウスによる訳。1228年。
出版後、直ちに教皇グレゴリウス九世によって出版禁止となる。しかし、十五世紀の終わり頃にドイツでゴシック体のフィリオ判として印刷されている。
また、十七世紀初頭にはスペインで出版されている。
現在はドイツ語版一冊、スペイン語版四冊が確認されている。
4:ネクロノミコン(英語 Necronomicon)
ジョン=ディー博士による訳。1586年。
ギリシャ語版からの正確な翻訳ではあるが、削除部分が有る。出版された事は無く、閉じた写本の形で出回っている。
ほとんど完全な形のものが三部、存在を確認されている。
■その内容
複雑多岐にわたる魔道の奥義が記され、旧支配者とその眷属、結印について使用する薫香や文字、召喚方法についてが記されている。
最も有名な部分は
That is not dead which can eternal lie
And with strange aeons even death may die.
という二連節であり、「そは永久に横たわる死者にあらねど 測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの」、もしくは「久遠に伏したるもの死する事なく怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えん」と訳される。
■創作における扱い
前述の通り、幾度も海外で関係書物が出版されている。
日本でも「禁断の呪法・恋のおまじないネクロノミコン秘呪法」が出版された事があるが、その内容は「恋を叶える」「金運を招く」といったおまじない全集。本物のネクロノミコンに備わった悍ましさ、恐ろしさとはかけ離れたトンチキ書物であり、失笑を禁じ得ない。
近年で最も有名な物では「デモンベイン」シリーズが挙げられる。
この作品中で魔導書は鬼械神(デウス・マキナ)を召喚する道具であると共に一個の人格を持つ精霊を宿した書物とされ、アル・アジフ、通称アルという名前の傲岸不遜で尊大な少女の姿をしていた。よもや禁断の書物が可愛い女の子扱いされるとは、ラヴクラフトもビックリであろう。
ただし、これによってクトゥルー神話を知り、その物語に傾倒した者が居る事もまた事実であり、かくいう比良坂綾音もその一人である。
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