ある結末
2003/9/9
貴方の視点から見えるモノ
ここは高揚学園文芸部部室。久しぶりに集まった部員達は、夏休みの間に部員の山名さくらが書き上げた短編小説『きえないひび』を読んでいた。
「ちょっとこれ、私の扱い酷くない?」
各務舞は苦笑しながら、プリントされた原稿の束を机に置いた。そして立ち上がると、自らの胸に左手を添えて言った。スタイルはそう悪くないので、なかなかに艶っぽいポーズではある。
「何でいきなり口裂け女とかなっちゃうのよ。私みたいなか弱い乙女を捕まえて、それは無いと思わない、山名」
各務の冗談に部員が笑う。副部長である彼女は、こう言う時に場の雰囲気を盛り上げる術に長けていた。皆が原稿を読んでいる間は緊張していた山名も、いい感じにリラックスできたようだ。
「そう言うなよ、各務。お前は結構暴力的だと思うぞ?立てば炸薬座ればボカン、歩く姿に無理がある、ってな」
部長、横芝牧人がまぜっかえす。その言葉に逆上して襲い掛かる各務の拳を両手で器用に捌きながら、彼は妹の意見を聞いた。
「沙耶。お前はどうだ?モデルの居るキャラクターの中で、死んだキャラクターはお前だけなわけだが」
兄の言葉を受け、髪の毛をアッシュブロンドに染め上げた少女、横芝沙耶は困った顔で山名に尋ねる。
「何故私がこういう悪役なんですか?まさか山名さん、私に何か恨みでも?」
「いえ、特には。ただ、兄妹がいる人は横芝さん達しか居なかったので…」
弁解する山名。沙耶をモデルにしたキャラクターを殺した事に、何かいわれの無い罪の意識を感じているのだろうか。そんな彼女に、砂原美月がフォローを入れる。
「確かに、この役は兄妹が必要ですよね」
「お、砂原。えらく山名の肩を持つな。さては、各務から鞍替えする気か?」
そろそろ牧人を攻撃するのにも疲れたのか、各務の手が緩む。牧人には冗談を言う余裕が出てきた。
「ち、違いますよ!僕は各務さん一筋で…って、何言わせるんですか部長!」
顔を真っ赤にする砂原。牧人はにやにやと笑い、沙耶も沙耶でくすくすと微笑を漏らしている。
各務舞。砂原美月。横芝牧人。横芝沙耶。
いつもと変わらない、そんな仲間達を見ながら、山名さくらは微笑んでいた。
『きえないひび』。
それは、結局お話の世界で。
そして遠まわしな、横芝牧人に対するラブレターで。
この恋が実るか実らないかなんて、そんな事はどうでもいい。
生きている意味。
そんな大袈裟な事は分からない。
でも、私は知っている。
優しくて、強い気持ち。
まだまだ脆くて壊れそうな想い。
けれど、それを護るために。
臆病な自分を棄てて、君のため…
そう、君のため…戦おう。
こうして、山名さくらは臆病な自分に別れを告げた。
『きえないひび』 終劇
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