ある結末
2003/9/9
山田ざくろの視点から見えるモノ

あれから、幾度も朝が来た。
田中という指導者を失った男子達は、私を苛める事を止めた。告発すれば罪に問う事は十二分に可能なのだろうが、田中を殺したという後ろ暗さから、私は彼らの罪を追求する事は止めにした。それに、彼らを責めたところで私の傷が癒える訳でもないのだから。
そして、私と火狩、菅原はあの一件以来友人として付き合う事になり、同じ大学、同じ学部に進学した。地元の、二流程度の平凡な大学だが、取り立てて不満は無い。あの地獄の様だった日々に比べれば、今の生活など天国といっても過言ではない。
今日も大学近くのファーストフード店で、三人で昼食を取る所だ。

昼少し前という時間もあいまって、店内はそろそろ混雑し始めるか否か、といった所だった。自分のトレーを抱えて、先に二人が座って待っているボックス席に向かうと、火狩が指先で摘んだポテトで私を指して言った。
「山田、今日が何の日か知ってる?」
私はグラナディン・ソーダのボトルにストローを刺しながら、いいえ、と短く答える。火狩はふうん、とだけ言うと、新発売の抹茶コーラに口をつけた。
「お、これ結構美味しい…」
「本当ですか、アイさん。僕にも一口くれません?」
チキンナゲットを齧っていた菅原が、火狩のボトルに手を伸ばす。火狩はナゲットと交換ね、と言ってボトルを菅原に渡した。
私はそんな二人のやり取りをどこか遠くに聞きながら、ぼんやりとチーズバーガーを齧る。それは、あの数日間の出来事に比べれば、拍子抜けするほど、ありふれた日常。微温湯の様な、堕落と紙一重の平穏。けれど、それが私達の在るべき姿。そんな事を思わせる友人達の姿を見やりながら、私は微苦笑を漏らす。
笑って語らう火狩と菅原。その輪の中に居ながら、何処か同じ様には成りきれない自分。それが何故なのか、と何度目かの思考を繰り返す。ああ、答えはいつだって同じだ。彼女達には愛がある。けれど私の愛は、今や行き場を失って何処とも知れず彷徨っている。

そう、誰かを思う気持ちはきっと何かを変えていく。
ただ、貴方が居ただけで、現実も怖くは無くなった。
思い出すのはいつかの笑顔。
思い出すのはいつかの――

「…山田?」
火狩に呼ばれ、我に帰る。考え事をしているうちに、飲み物も飲まずにバーガーだけ平らげていた様だ。訝しげに私を見つめる二人の視線に恥ずかしくなり、私は残ったグラナディン・ソーダを一息で飲み干した。二人とも食べ終えている事を確認してから、トレーを抱えて立ち上がる。
「出ましょう、結構込んできたし」
ん、そうね、と言うが、火狩は立ち上がる素振りを見せずに自分の鞄を引っ掻き回し始めた。いつもならすぐに立つはずの菅原も、にこにこしながら私達を交互に見ている。何か企んでいる顔だが、菅原が悪い事をする奴でない事は知っている。私は、もう一度席についた。
「…山田。さっき言った事だけど。今日が何の日か教えてあげる」
そう切り出した火狩は、鞄の中から少し皺のついた包みを取り出した。
「山田ざくろ。あんたの二十一回目の誕生日よ」
二人からです、と菅原が言い添えて火狩の持つ包みを私に押しやる。私は開けて良いかと尋ねた後で、その包みを開いた。
中から出てきたのは、一体のアンティークドールだった。アッシュブロンドのウェーブした髪と、くすんだ色合いのドレスが美しくも可愛らしい、よく出来た一品だ。
それを抱きしめ、私は精一杯の笑顔を作って、言った。
「ありがとう」

2003年の山田ざくろは、こうして1999年の山田ざくろに別れを告げた。


『きえないひび』 終劇

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