◆解決編
「…降参です、部長。犯人は誰だったんですか?」
万歳、お手上げー。貴奈子は推理を断念し、葵に解説を求める。葵はやれやれと苦笑すると、貴奈子のシャーペンを取り上げる。
「貴奈子ちゃんの書いたタイムテーブルは、おおむね正しい…けど、一つだけ間違えてる場所がある。8時15分から30分までの15分間、貴奈子ちゃんはどう考えた?」
「その時間は…えっと、“和寂”の前→男子更衣室前のルートAは部長と酒木さんが作業していたから通れない、“和寂”の横→女子更衣室前のルートBは双子の小原さん姉妹がずっと話していたから無理、だと思ったんですけど。もし部長と酒木さんが見逃したとしても、犯行現場隣の女子更衣室前に小原さん姉妹がいたんですから、学報部の喫茶“華笛”には入れないのでは?」
貴奈子は先ほどのメモやタイムテーブルを一つ一つ指さして確認しながら答える。
「貴奈子ちゃん、そこが間違ってる。小原さん…レイチェルさんとヴェイチェルさんがいたのは、男子更衣室の前だよ?」
彼女にとっては予想外の一言を前に、貴奈子の思考はフリーズする。そんな後輩をよそに、葵は楽しそうに笑った。
「レイチェルさんは女だけど、ヴェイチェルさんは男。小原さんは、双子の男女だったんだよ。そもそもヴェイチェルってのはロシア語圏の男性名で、日本語で言えば太郎とかそういう感じの名前なんだけど、貴奈子ちゃんはその辺を知らなかったみたいだね?」
「え、いや、だって小原さんは名字が漢字って事は片親が日本人、もう片親はアメリカ人のハーフなんですよね?だったら何でロシア語の名前の子供に?」
こめかみを押さえて考える貴奈子。彼女の頭をポンポン、と軽く叩いてから、葵は続きを話し始めた。
「ああ、その辺の説明を詳しくしなかったのはアンフェアだったな。小原さんはアメリカ人のお父さんと、ロシア人のお母さんのハーフでね。お父さんの名字はO’Hara…ほら、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラと同じ名字。で、帰化した彼らはその姓を日本語風の表記に改めて、小原になった。レイチェルさんが興奮した時にハラショーとか叫ぶのは、ロシア人のお母さんの影響があったみたいだよ?」
貴奈子は再び自分のノートを確認し、レイチェルとヴェイチェルが見張っていた場所を女子更衣室前から男子更衣室前に書き換えた。
「えっと、小原さん達が男子更衣室前にいたとすると…ルートBががら空きになりますね。と言う事は、この時間にアリバイが無い…」
「その通り、犯人は六条司さんだったわけだ。動機はさっき言った通り、『ちょっと困らせてやりたかった』から。私が名推理で真相を看破したら、大人しく“高島ざくろ”を光永さんに返してくれたし、光永さんも六条さんにはいつも迷惑かけてるって負い目があったからか、すんなり許して一件落着」
水戸黄門が事件を解決した時のようにからからと笑う葵を、ふてくされた貴奈子はジトっとした瞳で睨みつけた。
「部長は、最初から小原ヴェイチェルさんが男って知ってたわけですよね?だったらただアリバイを調べただけで、名推理も何もないんじゃ…」
「ほう、そんな事を言うのはどの口かな?寄せてあげる技術でさりげなく胸囲をごまかしている安部川貴奈子さん?」
にやりと笑って貴奈子の胸元を指さす葵。今日も、高揚学園は平和だった。
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