四:七不思議の結末

「……という事があったんですよ。伏木先輩のせいで、冷や汗かきましたよ」
「あはは、それは災難だったわね、佳久君。ごめんなさい、謝っておくわ」
 普段と同じポジションで座る奈々の横で顔を伏せ、佳久は愚痴をこぼす。もっと強く言ってやろうかとも思ったが、奈々の穏やかな顔を見るとそういった気持ちは薄れて行った。
「先輩、新ミス研の会長、代わって下さいよ。先輩が僕を代理にしたのが原因なんですから。そもそも、なんでそこまで新しい不思議が出来るのを嫌がったんですか」
「七不思議をこれ以上消したくなかったから、かな」
 それは、思わず顔を上げるほどに冷たい声だった。見上げる佳久に儚い微笑みを向け、奈々は笑う。
「あれ、佳久君は気付いてなかったの? 気付いた上で私に会いに来てくれてたんだと思っていたけれど」
「気付くって、何にですか」
「私がもう、生きていないって事に」
 ざわり、と窓の外の木が風に揺れる音が聞こえた。佳久は奈々をしげしげと見つめる。それは普段通りの姿で、何一つ不思議な所は無かった。
「七不思議、『図書室の幽霊』。それが私よ、佳久君」
「そんな、この図書室に幽霊が出るのは嘘って言ったのは先輩じゃないですか!」
「『血塗れの幽霊が出る』のは嘘だけど、他の幽霊が出ないなんて言ってないわ。そもそも、そんな軋む扉を音も開けて、声をかけるまで気付かれないなんてありえる?」
 扉を指さし、くすくすと屈託ない笑みを浮かべる。佳久は反論を続けた。
「お迎えが来るまでここにいるって」
「天国、ないし地獄からのお迎えが来るまでは学校にいるつもりなんだけど。それと思い出したから言っておくと、司書さんをおばさんって言ったのもヒントになってたわね。私が生きていた頃、司書はおばさんだったの。今の司書さんに代わる前の話だけどね」
「な、なら、先輩は本当に……」
「ええ、正真正銘幽霊よ。虐められて閉じ込められたのではなく、ただ発作を起こしてここで死んだだけだけど。だからごめんね、大庭君。新ミス研の部長は代わってあげられない。私の姿が見えるのも、多分君くらいだし……きっともう、君はここに来ないと思うから洗いざらいぶちまけちゃうとね、あの時君が振り返ってくれて……私は、本当に嬉しかった」
 寂しそうな顔で、それでも健気に笑い、奈々は自習室からするりと図書室の方へと扉を抜けて行こうとする。その右手を掴んだ理由は、佳久自身にも明確には分からなかった。
「……伏木先輩、僕、また来ますよ。浦先輩達にミステリー研究会の会長にされましたけど、僕はそんなに推理とかできませんし。だから、伏木先輩。良かったら、その時は僕に知恵を貸してもらえませんか?」
 佳久に背を向けたまま、奈々は立ち止まる。掴んだ手を振りほどこうともせず、彼女は俯き加減でゆっくりと机の上に戻った。手を握り合ったまま数秒そうしていただろうか。奈々は顔を上げた。
「そう、佳久君は新ミス研の会長をやってみるんだ。じゃあ、うん。私もそれ、手伝ってあげる。そうよね、今回は佳久君の友達に起こった事件だったけれど、今後佳久君に関係ある人が不思議に巻き込まれるとは限らないものね。七不思議の自衛のためにも、佳久君と一緒にいた方が便利よね」
 奈々は自分の右手を掴む佳久の手に左手をかぶせ、強く握りしめる。そして、涙を薄く浮かべた目で無理やりに笑顔を形作った。
「それじゃあこれからよろしくね、佳久君」
「ええ、お願いします伏木先輩」
 笑い合った二人。そこへ、突然の闖入者が扉も開けずに現れた。青いスカーフを巻いたセーラー服なので一年生だろうが、見た事の無い顔だ。そう思った瞬間、佳久は当然の事に気付く。彼女もまた、奈々と同じく普通の人間ではないのだ。
「ふふふふ伏木さん、大変です大変ですよう!」
「どうしたの、三島さん。そんなに慌てて」
「さ、さっき先生が言ってたんですけど、中庭のバスケットゴールが老朽化が激しいから取り壊すって! こ、このままじゃ私、どこで練習すれば良いか!」
 ぼろぼろと涙を零しながら奈々にしがみつく。奈々は彼女をなだめながら、佳久に向けて苦笑を浮かべる。
「佳久君、この子は『黄昏バスケ』の三島千尋さん。そうね、とりあえず新ミス研の最初の依頼はこの事件って事にしようか?」
「いや、バスケットゴールの老朽化はミステリーじゃないと思うんですが」
 佳久のもっともな意見を笑顔で封殺し、奈々は佳久の耳元に唇を寄せる。そして、くすりと小さな笑い声を漏らしてから呟いた。
「まああまあ、七不思議を守ると思って、ね? お憑かれさま、佳久君」
 普段通りの口癖で笑う奈々を見て、佳久は肩をすくめる。そんな彼の手を掴み、奈々は壁の小窓をすり抜けて外へ出ようとした。
「さ、まずは現場を見に行こうか。佳久君、行こ!」
「痛い痛い痛い! 先輩、僕は生身なんですよ、すり抜けられません! 引っかかってます、ああ、手が! 手が! 窓に、窓に!」

第三章

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