「クリーチャーはできても、それに能力を持たせる事はできなかった。しかし、ある日。突発的に変異したのかどうか、能力を持つクリーチャーが完成した。それがサンプル�癸横隠界繊棔�つまり君だ、セノオアキ」
兄さんが語る真実は半分も私の耳に入らない。
「しかし、こんなに使えないとは。解析も終了して保存しておく必要もなくなったのだから、処分しようか」
「に…い……さん…」
露骨に嫌な顔をし、兄さん・・・いや、小隊長は私を見下ろして、言った。
「いくら逃走防止のためとはいえども、兄さん、などと呼ばれ、さらに恋愛感情まで。まったく、毎日が地獄だったよ。まあ、それも今日まで。じゃあね、亜紀」

「ふざけてんのか?」

あれは・・・・・・あの人外?
「お前、必要なくなったからって壊すのかよ?ほんと、人間ってヤツはつくづくバカだな」
「君は?」
「俺?俺がそいつとコンタクトした人外。邪って言う、けちなヤローだ。ひとつヨロシク」
「なら君は黙っていてくれ。これを処分したら、すぐに遊んであげるから」
「全力でお断りだな。俺はそいつから質問の代償を貰ってねえんだ」
質問・・・?

『私には兄を好きになった瞬間の記憶がない。だから・・・私が兄を好きになった理由を教えてくれる?』
『・・・つまらないことを聞くねえ、おまえは。簡単だ、よく聞けよ。その答えはな、好きになるため、だ』

ああ、確かに。私は好きになるために好きになっていたではないか。彼は正しい。彼の商品(答え)は不良品(間違い)ではなかった。それならば、それ相応の代金を払うのがすじというもの。
「妹尾亜紀、ほかに何か欲しいものは?なんならお前の命を救ってやらんでもないぞ」
笑止。
それ以外に今私が求めるものがあろうか?
いくら恋愛感情を持つ相手でも、感情を学習した私の持つ生存への飽くなき欲求には敵うまい。
「・・・・・・助けて。代償は払うから」
「毎度あり♪」
闇夜の似合う死の商人は心の底からうれしそうに笑うと、いきなり妹尾布由樹を蹴倒した。
「商人の心得。一つ、客のニーズにこたえよ」
ナイフによる斬撃。
「二つ、お得意様は大事にせよ」
一閃、もう一閃。
「三つ、商売敵は全力をもって排除せよ」

惨劇。
そのあくまでも残酷な二文字。
それこそが今、この平和だったはずの女子校を支配しているモノ。たなびく髪を鬱陶しそうに左手で抑える彼が引き起こした災厄。彼は今、その圧倒的な強さで妹尾布由樹を地に伏させている。
「妹尾布由樹、これで終わりだ」
「この僕がここまでとはね…はは、情けないものだ」
乾いた笑いを漏らす妹尾布由樹。
「D-MASTER。お前は何も悪くないぜ。だって、お前の敗因は『弱かった事』なんだから」
冷ややかな、しとめた獲物を見下ろす狩人の目で、彼は言う。私は、そんな彼の姿に恍惚(ゾクリ)とした。
「さて、俺はそんなに気が長くないんでな。そろそろ御終いにしようぜ、妹尾布由樹。何か言い残す事は?」
灰色の少年は、鮮やかに赤く染まったナイフをかざす。
おそらく、それが剣を構えた騎士の立ち姿と似ていたからだろう。私は彼に目を奪われた。
「……いや、何も言い残す事は無い。僕は戦って、負けた。それなのに勝者に醜態はさらせない」
「そうか、潔いのは良い事だぞ。もっとも、俺は別に構わんがな、醜態をさらされても」
ぞぶ。
兄さんの肉に鋭い刃先が飲み込まれ、その目から光が消えてゆく。それは妹尾布由樹の生命活動が停止した事を意味していた。

「終わったぜ、お客さん」
彼―――邪と名乗った―――は、ゆっくりと振り向いて言う。私はその視線に恐怖し、身をすくめた。
「代金の方なんですがね」
どうしようかな、命とかでも良いけどな、等と物騒な事を呟きながら彼は唸っている。
「ま、良いか。おい、喜べセノオアキ。今日の俺は人助けをして気分が良い。よって、代金の方は特別サービスにしてまけといてやろう」
感謝しろよ、と言いながら彼は背を向け、立ち去って行く。私は、彼に伝えたい言葉があるのに。
「まって」
あん?と訝しげに返事をし、彼は首だけこちらに向ける。
よろよろと立ち上がり、彼の方へゆっくり歩く。
その一歩一歩のなんと重い事か。
私自身の命も、放っておけば長くないかもしれない。
苦笑し、そして彼を見る。
「ちょっと、邪」
「何だよ、まだ何か用か?」
面倒くさそうに言う、灰色の騎士。
「耳…貸して」
「ちゃんと返せよ」
「誰が貴方の耳をくれって言ったの?」
「で、なんなんだよ?」
私は、ゆっくりと、しかし、はっきりと言葉を口にした。
「     」
「……どうも、またご贔屓に♪」
彼はくすりと笑うと闇夜の中に消えていった。
そして、また闇は静まりかえり、今度こそ何の物音も聞こえなくなった。
私はその静寂の中、確かに自分の胸が高鳴るのを感じた。

ああ、上手く言えないけれど、私は貴方が好きです。
さて、ここで私の物語はおしまい。
私が知りうる世界とは、所詮このような物だったのだ。
それを、私は何を思っていたのか。
私は世界の主役などではなく、ましてや脇役でもない。
それぞれが自分を主役とした物語の書き手であると共に、自分を主役とした物語の読み手なのに。
それにすら気付かず、私はいたずらに時を過ごした。

闇夜が空にかかるたび、私は彼を思い出す。
何も言わず、静粛な夜に思いをはせ。
これが、私の生きる世界。
貴方の生きる世界とは違っても、私は貴方を覚えている。
永久に、忘れはしない。

この世界と、貴方に感謝を。
「ありがとう」、の言葉と共に。

   泣空/了

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