時・夜の九時半 所・私立礼節女学院学生寮

  Side A 妹尾亜紀

私は今、寮にいる。
能力STRINGを発動・・・第五架空要素エーテルによって生成されたモノフィラメントが周囲を駆け巡り、辺りの人間に片っ端から接続される。これでその人間たちは皆、物言わぬ人形、私の手足となる。澪がヤツをひきつけている間に、こいつらを使って一気に奇襲攻撃し、しとめる。それが今回兄さんの立案した作戦だった。
「ダメだよぉ、亜紀ちゃん。夏休みなのに勝手に寮に入ったりしちゃあ。シスターに叱られちゃうよ?」
聞き覚えのある〜数日前まで毎日聞いていた〜声。
「は・・・羽ポン・・・?」
「あ〜、亜紀ちゃん、そんな怖い顔しちゃやだな〜」
えへヘ・・・と笑い、羽ポンは近寄ってきた。
埋葬機関でもないただのクラスメイトである筈の少女が何故こんな所に?
「それはね、私のご主人様が亜紀ちゃんを足止めしなさい、って言ったからだよ」
私の問いに平然と答える羽ポン。
しかし・・・何故、心が読まれた?
「ご主人様がね、心の読み方を教えてくれたんだ。案外簡単だったよ♪」
彼女はいつものうっかりもののルームメイトと何ら変わりない姿で、私にニコリと笑いかけた。
「まさか・・・その、ご主人様って・・・」
「亜紀ちゃんが今からケンカしようとしてる人だよ?」
あの男!私たち埋葬機関だけならいざ知らず、関係ない一般人まで巻き込むなんて!
「でね、亜紀ちゃん。私、亜紀ちゃんとあの人にケンカしてもらいたくないんだ。どうしても、って言うなら私を力ずくでどかしてね」
灰色の闇にかこまれた学生寮に彼女の黒い長髪をたなびかせる風が吹く。
私は、やはり私のやり方を通す事にした。
力ずくででも、どかしてみせる。

  Side B 羽居めぐみ

亜紀ちゃんの操る人形たちが私に襲い掛かってきた。
でも、私には勝てない。だって、私にはご主人様から貰ったすごい力があるんだから。
「取り押さえなさい!」
的確でいてなおかつ簡潔な命令だけで亜紀ちゃんの人形たちは動き、私の方に向かってきた。
「やだなー。亜紀ちゃん、乱暴しちゃダメだよ〜?」
人形を力いっぱい突き飛ばす。それだけでそれは2mくらい吹き飛んだ。うん、やっぱりご主人様がくれた力はすごい。女の私でも人一人をはじき飛ばせるなんて、普通じゃ到底できないよね。
「三番、八時方向!六番、十一時!」
数にまかせて囲んできた亜紀ちゃん。
でも、私には力があるんだ。亜紀ちゃんには悪いけど、ここは絶対ゆずれないから。さあ、来るなら来て。私が全力で足止めしてあげる。ご主人様には、指一本触れさせないからね。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ・・・
うん、全部で人形は十体か。
なら、一人ずつ相手になったほうが有利なはず。
「亜紀ちゃん、来ないの?なら、こっちから行くよ?」
「羽ポン、これが最後通告よ。ケガしたくないなら今すぐ、そこをどきなさい!」
うん、今までの私ならそれでどいてたんだろうね。でも、今の私はもう今までの私じゃないんだよ?そこらへんのこと、ちゃんと解ってくれてるのかな、亜紀ちゃんは。
「そう、どかないのね。なら・・・・・・・・・行けっ!」
亜紀ちゃんの声に呼応し、人形たちが私をかこむ。
「亜紀ちゃん、そんなに怖い顔しないでってば〜」
でも、私は甘かった。人形は十。私はどんなに力があっても、一。しょせん女の体力で十人を同時に相手できるはずが無いのに・・・

ああ、もう私は死ぬんだろうな。
ごめんね、ご主人様。
私は最後まで役たたずだったね・・・

  Side C 菜摘澪

「ち、羽居のやつ!」
彼はそう叫ぶと突然バックステップで距離を離した。
「菜摘!ちょっと野暮用だ。悪いが、決着はまた今度!」
「逃げるの?」
「ふざけるな、寝言言うにはまだ早いだろ!俺の僕が色々とやばいんだよ!」
あまりにも自分勝手なことだけ言うと、彼は学生寮の方へ走っていった。あちらには今、STRINGとD-MASTERがいるはずだ。二人が危ないとか仲間思いな気持ちも無くは無かったが、私はただ彼を追った。この私、菜摘澪の、BABELSPEAKERの戦いに決着をつけるために。

「なについて来てんだよ、菜摘。危ねぇぞ?」
突然の声に耳を疑う。
何故、彼が私の心配を?
「ん〜、なんかなぁ、お前のその人生を急いでる感じが気になんだよ」
私の・・・人生?
「お前さぁ、何で自分が死んでるかも、とか考えてんだ?お前は今、自分で考えて動いてんだろうが。なら誰かに操られる人形でも、生きてる人間と何も変わんねえんじゃないか?」
まるで神父。
神の言葉を伝える者のように、私の心を覆うつめたい氷を溶かす。しかし・・・彼は、私たちの敵。いかに私に優しくしようと、それは変わらぬ事実。

「まあ、寝てろよ。朝の来ない夜はもうすぐ終わる。お前はもう、俺らの世界には必要ない役者だ」
ああ、これほど私が安らぎを覚えた時があろうか。
私は、誰かに必要とされるための私ではなく、私自身のための私なのだという、とても簡単で、それだからこそ忘れていた、たった一つの真実を思い出せたのだから。
私は眠ろう。遠い、はるかな夢へと。
そして、私自身を探す儚き夜へ。
生きる意味を探すため、私は生きよう。

  Side × セノオアキ

私は今、床に伏している。
友人を攻撃しておきながら、その友人をかばって怪我をするなんて。自分の事ながら、その間抜けさには呆れ果てる。なんて、愚か。しかし、私は私自身よりも友人の命の方が大切だったんだ。少なくとも、あのとき瞬間は。
「亜紀、何故彼女をかばった?」
兄さんが鋭利な眼光を放つ。その視線は、いつもの優しい兄さんのそれではない。その目はさながら獲物を見つけた猛禽類の様。
「私は・・・友達が大事だから・・・」
「友達?これは敵、排除すべきもの。それがたまたま君の友人と同じ形をしていただけだろう?」
・・・・・・君?
兄さんはいつも『亜紀』と呼んでくれるのに、何故?
何故、他人行儀に『君』と?
しかし、私はその疑問を口に出せなかった。
体が悲鳴をあげ、声が出せない所為もあるけれど。
それよりも、それを言ってしまったら世界がいきなり組み変わり、私のささやかな夢すら打ち砕かれてしまいそうで。とてもじゃないが、私からは言えない。
「サンプル�癸横隠界繊�」
え?
「サンプル�癸横隠界繊棔�それが君の本当の名前だ、セノオアキ。まさか創られたモノのくせに、ここまでに感情を学習するとは」
感情?私は確かに喜怒哀楽が激しくないが、兄さんを愛する気持ちだけは本物のはず。私は必死でその疑問を声に出し、兄に問う。
「アキ、僕のコードD-MASTERのDは、DOLL(人形)のD。クリーチャーの感情を操作するくらい、造作も無い事だ」

   実体幻想/了

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