序幕 『4−3=?』
1999/6/30
山田ざくろの視点から見えるモノ
私の名前はヤマダザクロ。平凡な山田に、平仮名でざくろ。名前の理由は有って無い様な物だから、聞かないで貰えると助かる。一応、当年もって17歳となる、高校二年生だ。
高校も二年生ともなると、惰性で生きている様な物。毎日が、同じ事の繰り返し。

世界なんて、終わってしまえば良いのに。そう願ったのは、二日前。
そして、その願いが聞き入れられたのも、二日前。

吹きすさぶ風に耐えながら、私は学校の屋上に立っていた。
フェンスに手をかけ、よじ登る。下からスカートの中が見えるかも知れないけれど、構うものか。だって、もうすぐ約束の時間だもの。彼と彼女が約束してくれた、世界の終末。
私は世界が大嫌いだ。私が虐められていても、誰も助けてくれなかったもの。
だから、私は世界を終わらせる。けれど、私は世界と心中なんてしてやるものか。
世界が消えるその直前に、お前達を嘲りながら死んでやる。焦れ、悔やめ、そして悲しめ。
この私を救わなかった事、この私を虐めた事、この私を生んだ事を。
左手に巻いた腕時計が、短いアラームを鳴らす。約束の日まで、あと一分。
私はフェンスを乗り越えた。(60)

「本当に、それで良いんだな?」

彼が見送りに来てくれた様だ。少し嬉しい、少し悲しい。彼は初夏だというのに真っ赤なマントを着込んで、微笑むような悲しむような、左右非対称の表情で私に迫る。
「お前の決めた事だ、否定はしないよ。けれど、今なら最後のチャンスがあるぜ?」
「いいのよ、赤マント」
私が彼の名を口にした瞬間、彼はあからさまな苦笑を浮かべた。
「希望を言えば、もう一つの名で呼んで欲しかったな」
赤マント。そのあまりに有名な伝承はご存知だろう。
トイレに入ると、声がする。「赤マントか、白マントか」、と。
赤と答えれば天井からナイフが降り、赤くなって死亡。白ならば窒息で白くなって死亡。
彼は、まさにその赤マントだった。望みを叶えるという点で、それと彼に大差は無い。
その上に、実際、私たちはトイレで出会ったのだから。
「ごめんなさいね。もう、お喋りする時間は少ないの」
彼は哀れむような笑みを浮かべて、私を見た。
「俺が与えた望みの権利は三回。最初は殺人依頼、二つ目は世界の崩壊、三回目はまだだ」
赤マントは指折り数えながら言う。そんな彼の後ろ、彼女がゆっくり進み出た。(30)
「山田さん。本当に、死ぬの?」
「ええ。だって、これはもう決めた事だから」
「死ぬのは辛いよ?死ぬのは痛いよ?死ぬのは苦しいよ?」
彼女は唄う様に言った。韻を踏んだような問いかけが、私の理性に追い討ちをかける。
「おい、今から死のうって奴を茶化すな。逝く奴は、ちゃんと逝かせてやれ」
彼が彼女の頭を小突く。何故だか、それがとても羨ましく思えた。(15)
「………ありがとう。それと、さようなら」
私は屋上の縁で、ゆっくり身体を反転させる。眼下には、恐ろしく黒い闇が広がっていた。
「じゃあな、山田ざくろ」
「さようなら、山田さん」
別れの言葉に何となく後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、私は闇を見据えた。(10)
四階建ての校舎は、10メーターと少しだろう。それなのに、この暗さは何?(9)
無限の混沌、底無しの深淵。しかし落下を始めれば、2秒足らずで地面だ。(8)
足が震える。虐められてもこんな事無かったのに。怖い。すごく、怖い。(7)
いやだ、死にたくない。私はまだちっとも幸せを知らないというのに。(6)
私だけこんな恐怖を味わうなんて、不公平。嫌だ、そんなのは嫌だ。(5)
皆、怯えて死ねばいい。皆、恐れて死ねばいい。この、私の様に。(4)
でも、自分の死が、確実に分かるだけ、私の方が幾分か――(3)
幸せなのかもしれない、と思った。そして、地へと飛翔。(2)
世界がどう終わるのかなんて知らないけれど……(1)
名状し難き闇が、私と世界を飲み込んだ。(0)


『4−4=?』
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今回のBGM バッハ作曲『主よ、人の望みの喜びよ』

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