第壱章:1 『4−1=?(1)』
1999/6/28
山田ざくろの視点から見えるモノ

始まりは持ち物の喪失。次は切り裂かれた体操服。その次は、終に私自身だった。
いわゆる虐め。いわゆる暴力。先生や親なんて当てにはならない。
『田中がそんな事をする筈が無い』
『ざくろの被害妄想じゃないのか』
もういい、お前達なんて知った事か。私は一人で戦おう。あの忌々しい、高慢ちきな女と。
けれど、クラス中の敵を相手にそう思えたのはほんの数日の間だけだった。

あれから早二ヶ月。今日も高校に行かねばならないと思うと気が重いけれど、もう慣れた。
少女時代を無理やり奪われたあの日、私はこう悟ったのだから。
『私は傷物。ヒトじゃない。ヒトの形をしているだけの、モノ』
そして、今日も悪夢のような毎日は繰り返される筈だった。もし、あの子が来なければ。

「邪魔夜と言います。皆さん、どうか宜しくお願い致します」
灰色の髪をした季節外れの転校生。その瞳は死んだ魚の様に濁った灰色。はっきり言って、気持ち悪い。
綺麗な顔立ちで、世の中の苦痛なんてまるっきり知らずに育ったみたいで。
私の苦痛なんて、微塵も感じやしないんだろう。感じられたらそれはそれで気持ち悪いが。
「なら邪は…山田、隣の席は空いているな?」
最悪。漫画じゃあるまいし、転校生が隣に来るなんて。しかし、現実は現実。私は隣の席を指し示す。
「宜しくお願いしますね、山田さん」
ニヤ、と歪んだ笑顔で彼女は笑いかける。
せっかくの綺麗な顔が台無しだった。

その後、休み時間。邪さんの周りには男子が群がり、つまらない質問が嵐となっている。
それが余りにも鬱陶しく、廊下に出ようとしたら、誰かがそっと耳打ちした。
(山田、今日も放課後、例の場所…待ってるぜ…)
一気に気分が沈む。元から沈むほども無いローテンションだが、それがどん底に陥った。
今日もまた、奴らの相手か。名前の通り、石榴の様にひび割れ、弾けた私の心を幻視。
一瞬だけ、そんな退屈な幻視をする。しかし、夢は見ないに越した事は無いと知っていた。
否、思い知らされた、が正しい。それは、彼らが私にしてくれた唯一の事なのだから。

放課後。私は言われた通りに公園のトイレ、その裏手へ回った。はあ、と一つ溜息。
制服のボタンを外し、奴らの到着を待つ。物の数分で、数人の足音が聞こえた。
「お、ちゃんと待ってんじゃん。山田は従順な奴隷だもんな〜」
「…はい、私は皆さんの従順な奴隷です…」
返事をしないと殴られる。青痣でも作ったら、親に言い訳するのが面倒だ。
私は目の前の男を殴りつけたい衝動に駆られながらも、返事をした。
「五月蝿ぇ、黙ってろ、この屑。喋ってる暇在ったらとっとと始めろよ」
まぁ、そういうだろうという事は既に予測済みではある。しかし、私は逆らえない。
痴態を写真に収められ、そのフィルムを田中加奈子が持っている以上。私は、奴隷でしかないのだ。
何時誰が通るかも知れぬ夕刻の公園で、私は服を脱ぎ捨てた。初夏とはいえ、風が冷たい。
「…お願い…します…」
屈辱的な台詞を義務付けられつつも、何時しか私から『反抗』の文字は消え去っていた。
だって、この方が楽だもの。だって、何も考えなくていいんだもの。だって、だって…
そんな私の上を、何本もの腕が、指が、汚らわしい舌が這い回る。気持ち悪い。
でも、逆らえない。ただ、何度目かの祈りを繰り返す。神様、もし居るなら私を助けて下さい、と。
しかし今まで、唯の一度も助けは来ず。多分私は、無意味な祈りを繰り返している。
『ちょいとそこのお嬢さん、何かお困りで?』
ふざけた様な、神の声がした。

続劇 > 『4−1=?(2)』


今回のBGM ワーグナー作曲『ワルキューレの騎行』
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