序文

何時の頃からだろうか。
俺は、殺しながら生きていた。
もっとも、殺すと言っても他人じゃない。
もっぱら、自分を殺して生きていた。

夕暮れ時、独りでベンチに座っていた。
その時、目の前に差し出された手、一つ。
微笑みながら手を伸ばし、握手。
それだけで、俺は満足だった。
なのに、奴は俺を押さえると―――
唇に、圧力。口内に感じる威圧感。
それは、ロマンも何も無いファーストキス。
文句を言おうにも、その口は塞がれていた。

「じゃあ、またね」

去り行く後姿を見送る。
風のように消えた、一人の少女。
残された少年は、自嘲気味に呟いた。

「またね、か…」
会えるわけ、ないだろ。

声を出さずに笑い、空を見上げる。
高く深いその空は、美しい黄昏の黄金。
ベンチから立ち上がり、歩き出す少年。
その先に待つものなど、知り得る由も無く。

五年前の、出来事だった。

第一章:1

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