(2−3:小海藍)
『藍、藍はつばめの相手を。うちは史郎の相手するさかいに。ジャマダハルのリーチやったら、つばめとは相性悪いわ』
『了解いたしました、早紀様…御武運を』
自分が返事をするや否や、早紀様は史郎様に向かって行かれました。無論、自分もそれを黙って見送っていただけではありません。自分はデュラハンΣの穂先をつばめ様へ向け、彼女を貫く姿勢を構えました。
『相手が誰でも、やるとなったら手を抜かない。そういう所、初めて会った時からそのままよね、藍』
つばめ様の言葉にはあえて答えず、自分は一歩後ろに下がります。つばめ様のクラーケン�爾諒舛鰐鵤隠牽哀札鵐繊�そして、彼女の魂狩はデスサイズ。実質的な攻撃可能範囲はそれに手の長さの合計、最大でも200センチ程度でしょう。それに対し、自分の魂狩はスピア。魂狩だけでも柄の長さ200センチ、穂先は30センチほどです。つまり、リーチという一面だけを見れば自分の方が優れていると言えます。
相手の攻撃は当たらず、こちらの攻撃は当たる。それが白兵戦の理想です。故に、その適度な間合いさえ理解出来れば…
『引き摺り込め、クラーケン』
―――え?
目の前に在ったのは、そこに存在する筈の無い物。そこに存在してはならない物。自分から優に2メートル弱は離れているつばめ様の、クラーケン�爾凌呂任靴拭�
振り下ろされる白刃を、自分はデュラハンΣの柄を楯にして受け止めました。見ると、クラーケン�爾凌呂録┝蠅陵佑某�びて蠢いています。なるほど、それがクラーケン�爾瞭端豕伺修任垢�。推測するに、使用者の意思通りに刃を伸縮させる技能でしょう。
恐らくつばめ様は、特殊技能を用いて一息で勝負を決するおつもりだったのでしょう。ならば、こちらもそれにお応えするのが礼儀という物です。自分はデュラハンΣを構えたまま後ろに跳躍し、足先が地に触れた瞬間、特殊技能『コシュタ・バウアー』を発動させました。
『駆け抜けろ、デュラハン』
槍が自分の霊力を喰らい、石突から放出します。自分は一瞬の内に加速され、直線の軌跡を描いてつばめ様に。対するつばめ様は自身の前に刃を巡らせ、攻める為の楯とでも言うべき形にクラーケン�爾鯑阿�していらっしゃいました。けれど、真に残念ながら無駄な事です。自分は、如何な刃とて畏れはしません。
この身を裂く刃傷の痛みに酔いしれながら、自分はつばめ様の腰を狙います。けれど、その攻撃は見事に防がれました。つばめ様は左右に伸ばした刃を壁に刺し、それによって足場を作って上方に回避されたからです。
『なるほど、それが藍のデュラハンΣの特殊技能…凄い加速力ね、それ』
自分は足に力を込め、床を靴裏に舐めさせながら止まります。デュラハンΣの特殊技能『コシュタ・バウアー』は確かに高い加速力を誇りますが、制動にはその能力が発揮されず、霊力を喰われた影響で一瞬の虚脱状態となります。故に、突撃に失敗した場合は敵に大きな隙を見せる事となります。
今、この時の様に。
『あぁっ!』
つばめ様は足場を構成していたクラーケン�爾鯀覗瓩�展開、刃先を自分に向けて伸ばしたのでしょう。背を切り裂かれ、血が肌を伝う冷たい感覚が背筋を刺激します。傷は若干、背骨に達している程度でしょうか。無理は禁物ですが、戦闘にはほぼ支障ありません。
それに、何よりも。この傷の痛みは、自分に甘美な陶酔を齎します。『痛い』という事実が、自分が生前感じていたあらゆる感情を想起させます。自分がここに存在しているという証、それを古の偉大な哲学者は自己の思考に求めました。けれど自分の場合、それは自己の痛みによってなのです。
けれど、今はそのような倒錯に浸る時ではありません。自分はつばめ様を振り返り、再度問い掛けました。
『つばめ様…しつこい様ですが、今一度繰り返させて戴きます。死神業務規約第4条2項。死神統一総会に対する裏切り行為があった場合、裏切り行為を行った死神は直ちに処分される。処分の執行は同行の死神に一任される。以上ですが、お考え直し戴けないものでしょうか?』
自分とて、この数年間親しんできたつばめ様を裏切り者として処断する事は忍びありません。既に数回刃を交わしていながら言う言葉では御座いませんが、出来る事ならば総会に対する裏切り行為をこの場で止めて頂けると幸いです。そうすれば自分はつばめ様を手にかけずにすむのですから。
けれど、自分はつばめ様の答えが否定である事を予見していました。彼女は芯の強いお方です。一度決めた事は、それが正しいと信じられるならば決して曲げない人です。ですから、自分の言葉は問い掛けであってそうではありません。自分はつばめ様を殺すつもりであるという、単なる宣言に他ならないのですから。
『回りくどい言い方は止めてよ、藍。自慢じゃないけど私、頭悪いんだから』
つばめ様は不敵に笑い、元の長さに戻したクラーケン�爾鮃修┐洞弔い泙后�
『私がそう言われても止まる訳無いって知ってるでしょ?私を殺すって言うんなら、はっきりそう言えば良いのに』
つばめ様は、言い難い事でもはっきり仰るお方です。自分はそんな貴女に、憧れを抱いていました。ですが、だからこそ。貴女には、負ける訳にはいかないのです。
『…参ります』
自分は槍を構え、突きを繰り出します。それを躱された後、穂先を横に薙ぎ、それすらも回避して振り下ろされたクラーケン�爾稜鮨呂鯤舛納�け止めます。噛み合った魂狩同士から火花が散り、薄い闇に呑まれた学び舎を一瞬だけ黒から浮かび上がらせました。
その漆黒の空間に、つばめ様の白髪が映えます。彼女が左右に動き回る度にその首の後ろで纏められた長髪が跳ね回り、その光景は騎士が駆る勇敢な騎馬の尾を思わせました。
けれど、それを畏れる訳にはいきません。自分は死神です。死と生の秩序を守る者です。ですから、例え生きるという事にどれほど未練があったとしても…死を拒絶する事は、断じて認めてはならないのです。生者は時期の早晩こそあれ、須らく死を迎える。この掟は、何があっても守られるべきなのです。
つばめ様と戦いながら、自分は思考します。自分がこの掟を守ろうと思うのは、何故なのだろうか、と。単純な回答としては、自分がその掟を執行する事を仕事とする死神だから、となります。そして、建前としてはそれが最適な答えでもあります。けれど、自分は薄々感づいていました。死ぬと定められた者を生かさず、殺そうとする理由。それが自分自身の純然たる羨望であり、醜い嫉妬であり、穢れた憎悪である事を。
自分はあの日、つばめ様、早紀様のお二人と同じ事故で死にました。自分が死んだという事実がどれだけ哀しかった事か、史郎様はお分かりになられるでしょうか。自分は当時高校三年生、自分自身で口にするのも可笑しな話ではありますが…不慮の事故によって、自分は未来を刈り取られてしまったのです。所詮高校生の小娘でしたし、何らかの特別な才覚があったわけでも御座いません。確かに、自分が『出来る事』は限られていましたが…それでも、自分の『やりたい事』は星の数ほど在ったのです。もしもの話はあまり好きではありませんが…自分も生きてさえいれば、素敵な殿方と巡り会い、その方との間に子を成し、平凡ながらも幸せな家庭を築く事も出来たかもしれません。
けれど、それら全てを、自分は死と言う絶対の掟によって打ち砕かれました。
だから自分は、生きている方が羨ましい。自分はもっと生きたかったから。
だから自分は、生きている方が妬ましい。自分の出来ない事も出来るから。
だから自分は、生きている方が憎らしい。自分もそこに居る筈だったから。
結局、自分は利己主義者なのでしょう。自分が出来なかった事、やりたかった事、それらを成す方を無差別に嫌っているのですから。
けれど、その事実を認めたくないから。自分が人を嫌うと言う事実から、目を逸らしたいから。自分はただ我武者羅に、死の掟を守ろうとしているのでしょう。
そして、その掟を守ると決めた以上。
例えそれが己自身であろうと、唯一つも例外を認める事は出来ないのです。
視界の隅、早紀様と史郎様が刃を交わしていらっしゃいます。自分は早紀様の邪魔にならない様に注意しながら、つばめ様のクラーケン�爾鯤羸茲納�け流し、反撃の隙を狙っていました。
つばめ様の斬撃を時に柄で受け、時に穂先で逸らし、時にはあえて身に受けながら、自分は僅かずつでもつばめ様にデュラハンΣの穂先を突き入れます。
つばめ様のクラーケン�爾蓮�確かにその重量ゆえの攻撃力は感嘆すべき物があります。けれど、防御の面においては逆にその重量が仇となり、自分が放つ刺突を受ける事は出来ません。自分の刺突を受けるならば特殊技能を発動させねばならず、そうした場合は精密な動作が不可能となり、攻撃面に不安が出ます。そして、その葛藤に微かな隙を見出す事さえ出来れば…
つばめ様が繰り出す刃を身の捻りで躱しながら、自分はデュラハンΣを抱えて突進します。脇腹を掠めるクラーケン�爾凌論茲没鮃�としながら、クラーケン�爾諒舛鮑犬力討妨任瓩泙后F�体を持った史郎様なら話は別ですが、つばめ様と自分の様に霊体同士ならば、他人の魂狩を触る事も可能なのです。
自分は精神を穂先の一点に集中しました。握った槍を自分の腕の延長に見立て、ただ一点を貫き穿つ。つばめ様は史郎様に魂狩を渡しています。最後の魂狩、クラーケン�爾鮗衒�さない限り…自分の槍は、確実につばめ様の心臓を貫きます。そして、つばめ様がクラーケン�爾鮗衒�したならば、得物を持つ自分は優位に立つという事になります。
つばめ様はクラーケン�爾魄�るその手を放し、右で繰り出した槍より更に右へと跳躍しました。けれど、そこはまだ槍の届く範囲。大きく右に振り回せば、肋骨を砕く事さえ可能な範囲です。
つばめ様の方を向こうとした自分…その顔面に衝撃が降り注いだのは、その瞬間の事でした。振ろうとした槍は虚空を舞い、尻餅をついた自分は、脇に抱えたクラーケン�爾鮹イな屬気譴泙后�
『藍、知らなかった?喧嘩ってのはね、最終的には拳の勝負なのよ』
左手で大鎌を抱き、右手は握り締めたまま自分に向けて突き出すつばめ様。先の衝撃で皹の入ったマスケラ越しにも、再び拳を振り被ってこちらに向かうつばめ様の姿が見えました。
けれど、最終的に拳の勝負なのならば、自分も同様に振舞うだけです。
自分は床に両手を付くと、右足で床を蹴って身体を水平に回転させます。カポエィラとは違う全くの自己流ですが、それでもつばめ様相手に効果はあったようです。彼女の足を払い、体勢を崩し、彼女の体を蹴った衝撃を糧として起き上がります。
『っは!』
咳き込むつばめ様、けれどその眼は自分を見据え、聊かの陰りもありません。自分は再びデュラハンΣを構え、つばめ様に向けて攻撃しようと…
つばめ様の後方から、史郎様が背を早紀様に斬られて倒れこみます。けれど史郎様は器用に足払いをし、早紀様を転倒させました。早紀様もすかさず起き上がろうとしますが、そこをつばめ様のクラーケン�爾�押し止めます。
『史郎君、大丈夫?』
…どうしましょうか。
つばめ様は魂狩を構えておらず、自分がその気になれば心臓であろうと容易に貫く事が出来ます。けれど自分の魂狩は槍、連続した攻防には向かない装備です。その上、心臓を貫かれようが、その瞬間に絶命するわけではありません。つばめ様を攻撃したならば、己の不利を悟った彼女は即座に早紀様の首を刎ねる事でしょう。また、それは史郎様を攻撃したとて同じ事です。
しかし逆説的には、早紀様の命を見捨てて史郎様を殺せば、自分はつばめ様との一騎打ちの形へ持ち込める、という事でもあります。また、つばめ様が早紀様を攻撃している間につばめ様の心臓や脳を貫く事が出来れば、自分の勝利となります。
けれど、この考えは確実性に欠けます。確実性を欠く攻め手は信頼するに足りません。自分はつばめ様も史郎様も攻撃しない事にしました。史郎様が起き上がる邪魔はせず、けれどつばめ様に穂先を向けたまま、荒くなっていた息を整えます。
『それと、史郎君。短剣は逆手で持つ得物じゃないわよ』
逆手で短剣を握っていた史郎様に、つばめ様が注意を促します。早紀様はその間に後ろへ下がって、体勢を整えていらっしゃいました。
『待たせたわね、藍。さ、続けましょうか』
つばめ様は軽い調子でそう言い、クラーケン�爾鮗个瓩帽修┐泙靴拭B膤�の刃を右上に掲げ、それが僅かに差し込む月の光を反射して輝く様は正に、死神という言葉にそぐう物。その姿は、恐怖を自分に齎しました。
けれど、自分は戦わねばなりません。自分は蒼ざめた己の心を殺し、皹の入った髑髏のマスケラを外して投げ捨てました。
自分とつばめ様の、唯一つで決定的な差異。それは、自ら動こうとする意思の力だと気付いたからです。蘇ろうとする、強い思い。その思いがつばめ様を動かし、決して倒れない強さを齎すのです。ならば、自分ももう誤魔化しはしません。
『…参ります、つばめ様』
『…ふぅん、藍、そういう顔だったんだ。この六年もの間一度も素顔を見せなかったあんたが、一体どういう風の吹き回し?』
つばめ様はからかう様な微笑みを向けながら、大鎌の刃を上段に振り被ります。自分も微笑みを返し、腰を若干落として足のばねに力を込めました。
『…認めます。自分も、蘇りたいと願っている事を』
なら、と顔を綻ばせるつばめ様。しかし、自分は強く拒絶しました。
『けれど自分は、自分自身の決めた道を進みます。死神として生きると決めた、この道を。ですからつばめ様、お願いします。自分が勝ったなら、史郎様を殺し、霊界に帰る事に同意して下さると、約束して下さい』
つばめ様はにやりと笑い、仰いました。
『じゃあ、藍も約束して。私が勝ったら、史郎君は殺さず、私と一緒に蘇る道を探すって』
自分は微笑みながら頷きました。満身の、決意を込めて。
2−2 2−4
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