第6話:業火―Flame―

『きしゃぁああああ…』
白溶裔が叫び、俺を威嚇する様にその首を伸ばす。握り締めた拳でそれを殴りつけながら、俺は一歩後退した。
『体の動かし方には慣れた様だな、京司。この程度の相手ならば、油断しなければ負ける事は無い、存分に練習台になって貰え』
ナインはそう言うが、俺は戦い方を学びたい訳ではない。俺がそう告げると、ナインは次の指示を出した。
『では、次はガジェットを使うぞ』
ガジェットって何だよ。そう尋ねると、ナインは懇切丁寧に教えてくれた。
『我々イルサイブ種と寄生主が結合した、この様な姿をヴァリアントと言う。私と京司のこれは、ヴァリアント:エクリプスだ。そして、各ヴァリアントには空間のエーテルを利用した固有の武装がある。それをガジェットと言う』
武器があるのか。それがどんな物でも、素手よりは遥かに心強い。
『まずは防御からだ。Gadget-3、Shield-Unit!(装備3、シールド‐ユニット!)』
そうナインが叫ぶと、周囲の景色が一瞬歪んだ。ナインの言うエーテルとか言う物が流れているのだろうか。そんな事を考える一瞬の間に、俺の目の前には小振りな盾が生まれていた。奇しくも白溶裔は先程の様に何か吐き出そうとしている。俺は盾を取ると、それで白溶裔の攻撃を防御した。衝撃が俺を襲い、一歩後退。
『今はあえて使用したが、本来は防御よりも回避を主軸に戦闘を行う。エクリプスの特性はスピードとエーテル精製速度の速さだ。それを活かす為には、盾は何かと邪魔になる』
なるほど。確かに防御すればダメージは減らせるが、攻撃は受けてしまう。回避ならダメージを全く受けないでいいわけだ。俺がそう言うと、ナインはその通りだと答えた。
『しかし、当然ながら避けているだけでは勝てない。次はこちらの攻撃だ。右手を出せ。盾は邪魔になる、消しておくぞ』
俺は頷き、言われた通り右手を出す。
『Gadget-2、Talon-Unit!』
金属音に似た響き。右手から鋭く尖った鉤爪が現れる。まるでナイフの様に鈍い煌きを放つそれは、震えが来るほど神々しく、寒気がするほど禍々しかった。
俺は一気に白溶裔の懐に飛び込むと、その喉笛を右手の爪で掻き切る。
『きゅあああっ!?』
変な叫び声を上げる白溶裔を、幾度も幾度も斬りつける。白溶裔の鮮血が、俺の身体を真紅に染めた。白溶裔に断末魔の悲鳴さえ許さず、俺は攻撃を続けた。
『もういい、京司。Sublimation!』
ナインが叫ぶと、右手に光の奔流が迸った。その黒い光は白溶裔を包み込み、それが初めから無かったかの様に消滅させた。
『初戦でこれならば、上出来と言える。戦い方は理解したか?』
ナインが問い掛ける。俺が同意すると、ナインは俺との結合を解除した。身体から剥がれ落ちる様に黒い装甲が消え、それと同時に目の前にナインが現れる。
「本来ならばメインガジェットである“Cosmic Catastrophe”も試しておきたかったが、致し方無い。次に機会があればそうする」
「メインガジェット、って何だ?」
言葉の通り解釈するなら、主武装という事になるけれど。
「メインガジェットとは、強力ではあるがエーテルと自己の魔力を大量に消費するが故に乱用は出来ない主武装だ。一々ガジェット名を言霊で発現させる必要も無く、メインガジェット名と“Refine”の簡易詠唱で発現させられるという強みもある。因みにエクリプスのメインガジェットは弓だ。案ずるな、お前に弓の心得が無くとも何とかなる」
納得した俺は、ナインを促して学食に戻る。水流と祐二は先程の位置にまだ居てくれた。
「何やってたんだよ、京司」
祐二の追及を軽くかわし、俺はカレーの残りを片付け始める。戦闘なんかで時間を食ってしまった分、急いで食べなければならない。
「…うどんが変な事になっている…」
のびていたらしい。ナインは悲痛な声を出し、それでも大人しくうどんを食べ始めた。

六時間目の中頃から、雨が降り始めた。遠くに雷の音を携えながら、雨雲は空を曇天に塗り替える。嫌な事を思い出すから、雨は嫌いだ。俺が死んでナインに助けられたのもこんな日だし、それに…両親が殺されたあの夜も、こんな雨の日だった。俺はぼんやりと窓の外を眺めながら湧き上がる雑念を捌いていた。
「…?」
ふと、気づく。窓際の俺の席からは校門が良く見えるのだが、そこに誰かが立っている様だ。立っている事自体は構わない。だがしかし、その人が俺を驚かせた事は。
10年前の白いドレスの女性に、その人が酷似していたという事だ。そしてその人が、俺が見えているかの様に軽く片手を上げて見せた事。

授業と終礼が終わるが早いか、俺は祐二も水流も放置して、けれど命は惜しいからナインだけは連れて、校門まで走った。案の定その人はまだ校門に立っていて、そればかりか俺らの方に歩み寄って来さえした。10年前と変わらない白いドレス。整って大人びた顔立ち、揺れる金髪にすらりと高い身長。まるでモデルみたいなその人は、その姿には不似合いな安っぽいビニール傘で俺らに笑いかけた。
「久しぶり、少年。どう、お茶でもしない?」
どう見ても外国人なのに、流暢な日本語で。

喫茶店『デミウルゴス』。この界隈では一番本格的なメニューを誇る喫茶店だ。ただ、その分値段も高いので、俺らの様な学生には本来縁が無い場所だ。
「何でも好きな物を頼んでいいよ、二人とも。今日は私が奢ってあげるから」
机に肘を突き、にこりと笑う。ついふらふらと付いて来てしまったが、俺はこの人の名前も知らない。10年前は助けてくれたし、悪い人ではないのだろうが…
ウェイトレスを呼び止め、彼女はコーヒーを注文した。俺は彼女の好意に甘える事にし、自分にカフェオレ、ナインにはホットミルクを注文した。
「ああ、ごめんね少年。名前も名乗らないのは失礼だったか。私はジョセフィーン。ジョセフィーン=ホワイト。外国ならジョーとかジョージ―とか言うニックネームなんだけど、ここは日本。君の好きに呼んでいいよ」
ウェイトレスが運んできたコーヒーに砂糖を4つも入れ、スプーンで掻き回しながら彼女は言う。
俺はホワイトさんと呼ぶ事にし、俺たちの名も名乗った。
「ホワイトさん…俺に、何か用なんですか?」
「あはは、用も無いのに声をかけるほどには暇じゃないよ。でも、実は君にあまり用は無いんだよね」
主に用があるのは、君。そう言って、ホワイトさんはナインをスプーンで指した。
「…私はお前とは初対面だが」
ナインはじろりと睨む。ホワイトさんはふふふ、と笑ってその視線の矛先をずらすと、単刀直入に言った。
「ナインちゃん、だったっけ?今まで君たちは、何体の魔を殺した?」
「…言葉の意味が分からない。魔、とは何だ?」
しらばっくれるナイン。けれど、ホワイトさんはその目を細めて言った。カラーコンタクトなのか地色なのかは知らないが、真紅の瞳が蛇の様だ。
「あまり手荒な事はしたくないのよね、私も。別に君を取って食おうって訳じゃ無いから、お姉さんに隠し事せずに話してくれると嬉しいんだけどな」
ホワイトさんはコーヒーを飲み、一息ついてから言った。
「それとも、はっきり言った方が分かってくれるかな、君は。イルサイブとして、一体何体の魔を返り討ちにしたのかな、って」
そっぽを向いていたナインの肩がぴくりと震える。ナインは底冷えがするほど恐ろしい声で、冷たい視線をホワイトさんに向けながら言った。
「…貴様、何が目的だ。答え如何によっては、明日の朝日を拝めるかは保障できんぞ…!」
怖い怖い、とホワイトさんは楽しそうに笑う。
「生憎とヴァリアントとはまだ戦った事は無いけれど…」
それもまた楽しそう、と彼女は舌なめずりした。

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