第22話:英雄―Va<l/r>iant―

蒼いヴァリアントはその無機質な表情で俺を品定めする様に眺める。俺は電柱から飛び降りると、若干の距離を置いて向かい合った。
『おい、お前…つっ!?』
話し掛けようとした刹那、いきなり殴りかかってくる蒼いヴァリアント。体を屈めて攻撃を躱すが、その鋭い拳は米神を掠め、耳元で風を唸らせた。
『京司!』
ナインの鋭い叫び、俺は地面を蹴って奴の脇を掠めて背後に回り込む。その間に詠唱を済ませ、右腕に鉤爪を構成。右腕を体の前に翳す形で構え、腰は軽く落として何時でも走り出せる姿勢をとる。奴はゆっくり振り替えると、右腕を空に差し伸べた。
『Gadget-2, Halberd-Unit!』
その掌に、青く色付いたエーテルが凝縮される。煌めきが形を成し、そこに生まれたのは薙刀だった。否、薙刀とは若干の違いがある。奴の武器は、柄の上下双方に刃が在った。昔祐二に借りて読んだマンガに登場した、双竜刀という武器に似ている。
『おい、ナイン!何であいつはメインガジェットを使った後なのにまだ戦えるんだよ!?』
以前俺がコズミック・カタストロフィを使った時の事を思い出す。あの時、俺は体中のエーテルを使い果たして動くだけでも相当苦痛だった。奴もヴァリアントである以上、メインガジェットは相当のエーテルを消費する筈だ。
『識るか!可能性としては二つ、奴のメインガジェットで消費するエーテルは我々に比べ極端に少なくて良いか、そうで無ければ…奴はこの周囲のエーテルをほぼ完全に掌握し、メインガジェットを使ってもまだ有り余るだけのエーテルを確保しているか、だ!』
突き出される刃を掻い潜りながら、相手の隙を探る。だがしかし、奴の身体はエクリプスと比べ圧倒的に装甲が頑丈そうで、爪が立ちそうな部分が少ない。その分動きは若干鈍重ではあるものの、巧みに繰り広げられる刺突と斬撃は防御という面では奴の装甲をも上回る、いわば攻める盾だった。
『京司、狙うなら間接部だ。如何に頑丈な鎧でも、関節まで固定しては動けない』
理解は出来る。だがしかし、それを実行できるか否かは別問題だ。下手をすれば、攻撃の為に接近した瞬間を迎撃されて、死ぬ。
『ナイン!エクリプスに飛び道具は無いのか?』
『エクリプスの所持する飛び道具は、コズミック・カタストロフィのみだ!だが、奴の攻撃を鑑みるに、メインガジェットを使う猶予は与えてくれないだろうな…』
結局は八方塞。だが、そこに…彼女が、現れた。

『がっ!?』
頓狂な声を上げ、吹き飛ばされる蒼いヴァリアント。その前に立ち塞がるのは、純白の翼を持つ黄金のヴァリアント。アルカナこと、ディゾルブだ。
『ディゾルブ!?』
思わず声を上げる。ディゾルブは俺に背中を見せたまま、立ち上がる蒼いヴァリアントを地上数センチで見つめていた。
『下がっていて下さい、エクリプス。敵の攻撃を避け続ければ負けはしないでしょうが、決して勝つ事も出来ない。ですが…私なら、彼に勝てます』
その自信に満ちた言葉を挑発と見たか、蒼い奴は刃を突き出す。だが、それはかつて俺の鉤爪を退けた六角形に阻まれる。その上、その六角形の群れは統制された動きで触手じみた形に変貌し、敵の武器を絡め取った。
…文句無く、強い。
『…Refine!』
小技では埒があかないと考えたらしく、右腕を突き上げ、メインガジェットを使おうとする蒼いヴァリアント。それと同時に、ディゾルブも右腕を天に掲げる。
『Refine.』
蒼いエーテルは右腕全体を杭打ち機と成す。それに呼応する様に、ディゾルブの掌を中心に金色のエーテルが収束する。そこには、身の丈ほどもある巨大な剣が握られていた。
『Mortal Sin!』
『Dead End!』
あまりに無骨な形状をした蒼い杭打ち機に比べると、ディゾルブの剣は一種芸術品じみた美しさを備えていた。確かに、それは武器と呼ぶには余りにも規格外すぎる巨大さだ。装飾が刻まれているでも無い。美しい色合いで飾られるでも無い。“美しさ”という概念からは、遥かに逸脱した存在ではある。けれど、どれは間違い無く美しい。その美しさは、そう…敵を倒すという、武器の本質。その為だけに特化した、機能美と呼べる物だ。
事実、それを振るうディゾルブは強かった。
振り下ろす刃で肩パーツを剥ぎ取る。返す刃で敵の腕を斬り落とさない程度に弾く。回転の動きを殺さず、峰で胸の装甲を打ち砕く。計算され尽くした名優の殺陣の様な、けれど生と死を紙一重で分ける戦闘。その勝者がどちらになるかは、火を見るより明らかだった。

何合目かの打ち合いの末、ディゾルブの剣が蒼いヴァリアントの胸中に押し当てられる。その気になりさえすれば、一瞬で心臓を貫ける位置だ。だが、その絶望的な状況に陥ってさえ蒼いヴァリアントは焦る様子を見せなかった。
『Gadget-3, Acceleration-Unit!』
蒼いヴァリアントは叫ぶ。瞬間、奴の背後に爆発が見えた。それは正しく一瞬の出来事。
ディゾルブの動きが止まって見える程の、高速の突進だった。突き出されたままの刃を最小限の捻りで躱しながら、握られた拳をディゾルブの顔面に叩き込む。たまらず吹き飛ばされるディゾルブだが、空中で受身を取る様に静止。ふらふらと数秒滞空していたが、やがて膝から崩れて地面に落ちた。
『ディゾルブ!』
叫ぶが、ディゾルブは倒れたまま返事すら返さない。その隙に蒼いヴァリアントは先の双竜刀を拾い上げた。そのまま奴はディゾルブに止めをさそうとする。
殺させない。それが誰であろうと、俺の家族を奪うなら…俺はそいつを、絶対に赦さない。
俺は持てる力を全て脚部に集中させ、右腕の爪で空を薙ぐ。振り下ろされる双竜刀を咥え込んだその爪は、最早武器としての用はなさない。

―――突然だが。剣砕き、と呼ばれる武装がある。西洋において発祥したそれは、主にソードブレイカーという名で呼ばれる。剣の様で剣ではなく、短剣程の長さしか持たないそれは、刃の片側に深い溝が刻まれている。その溝に敵の剣を挟み込み、捻る事によってそれを打ち砕く。故に、それは剣砕き。敵の攻撃を受け流し、敵の武器を破壊する為に存在する、歪んだ武装である。

腕が使い物にならなくなろうと、知った事か。ナインが制止する声を聞き流しながら、俺は蒼いヴァリアントの双竜刀を叩き折った。指の股が深く切り裂かれ、そこからどろっとした黒い液体が滴る。指が小刻みに震え、灼ける様な痛みが神経を這い登る。
『っつ…ぁ…』
痛い。イタイ。いたい…!!!!!
奥歯を噛み締め、涙を堪える。だが、戦うと決めた。それが、俺の誓いだ。なら、何があろうとその歩みを止めるべきではない。俺は流血を続ける右の腕を振るい、蒼い奴に攻撃を仕掛けた。どんな頑丈な装甲も、俺の爪を喰らって無傷と言う事は在り得ない。
『…京司。戦いの掟という物を教えよう』
俺の覚悟を察したか、ナインが小さな声で呟く。

倒せないでもいい。血を流せばいい。
血を流さないでもいい。体勢を崩せばいい。
体勢を崩さないでもいい。一歩下がらせればいい。
一歩下がらないでもいい。息を乱せばいい。
いずれは地歩を失い、息を乱し、防ぐ事は叶わずに血を流す。
そして、その傷はいずれ致命に到る。

『…』
左の拳を腰に構え、右の腕を振るったその影から蒼い奴の鳩尾に叩き込む。よろめいたその一瞬を見逃さず、右足を軸に左足を旋回。奴の膝裏を、爪先が鋭く穿った。
これが、俺が始めて自分で覚悟を決めて戦った…最初の、夜だった。

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