私は妹尾亜紀。カトリック系の女子校、私立礼節女学院の高等部一年生だ。さて。私はこれから、私が体験した世にも奇妙な物語について、お話しようと思う。しかし、その話題について語るにはまず二三、説明しなければいけない事がある。最初に、私が埋葬機関の一員、コード『STRING』である事。そして、私には他人を操る能力があること。そして、最後に。私には、妹尾布由樹という兄がいて、彼も埋葬機関所属『D-MASTER』である、という事だ…

時・終業式終了後 所・私立礼節女学院玄関ホール

「ねえねえ亜紀ちゃん、夏休みに、亜紀ちゃんは何処かに行くの?」
ルームメイト――礼節は全寮制だ――の羽居めぐみが聞いてくる。いつもポヤ〜ンとしているからか、コイツのあだ名は羽ポンだ。
「わからないけど、もしかして何処かに行ったらお土産買ってきてあげる」
にっこりと笑いながら言うと、羽ポンはわーいと喜びながら出ていった。おそらくは、家族が迎えにでも来ているのだろう。
―――家族、か。私にも家族はある。私が養女である事は微塵も感じさせないが、それでもそれは仮初めの家族。だから、喜怒哀楽が激しくないくせに私が兄に抱いている「好き」という感情も兄弟愛よりは異性愛の分類ではないかとも思う。ただ、私にはそれを口にする勇気が無いだけで……

「勇気、か…もしも売っているものなら、なにをしたって買いたいと思うわ…」

独り言を漏らした私は、何物かの視線に戦慄する。

埋葬機関の一員として異常なほど鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が、私に他者の存在を告げる。振り向き、いつでも攻撃できる態勢を取るまで、0.5秒もかからない。我ながら大した物だ。鍛えれば人間もここまで昇華できるのかとも思う。いや、そんな事はどうでもいい。振り向いたその先こそ重要なのだ。
「ああ、ビックリした。何すんだよ、妹尾亜紀」
見知らぬ少年が立っている。ここは、(しつこい様だが)女子校だ。男性、しかも少年が容易に出入りできる場所ではない。もしや、人外だろうか?
「お、カンが鋭いな。正解だぜ、お前。さすがは埋葬機関って事か?」
心を読まれている!その上、埋葬機関である事も見ぬかれた。これほどの相手、私一人には荷が重過ぎる……
「安心しろよ。今日は商売に来たんだ、妹尾亜紀」
「な…」
「俺は現代のピーターパン。夢、好きなだけ叶えます!ただし、お代はきっちり払ってもらうけどな?」
ふざける様に両手を広げる少年。それを見た私は、つい激昂してしまった。
「ふざけないで!」
「おやおや、それがふざけてはいないのですよお嬢さん。私は善良な魔術師。いたいけな貴方にこの!勇気の出る薬を売りに来ただけなのでございます」
「それをふざけているっていうのよ、実力で黙らせてあげようか?」
すると、今までの薄笑いがウソの様に、彼は黙った。
「いや…失敬、おふざけが過ぎた様だな、妹尾亜紀。すまん。ま、とにかく、薬は買うか?それこそ『オズの魔法使い』のライオン並に勇気が出るが」
「要らない」
即答した。
「ま、それならいいけどな。何か欲しいものがあればそれ相応の値段で売ってやるぞ?」
「・・・・・・・・・なら、一つ聞きたいことが」
「はい何ですかい、妹尾亜紀」
「私には兄を好きになった瞬間の記憶がない。だから・・・私が兄を好きになった理由を教えてくれる?」
「・・・つまらないことを聞くねえ、おまえは。簡単だ、よく聞けよ。その答えはな、好きになるため、だ」
まるで禅問答のような回答。私はカチンときて、言った。
「もういい。今すぐ消えて!」
そう叫び、彼を睨み付けたそのときには―――
彼は、もう消えていた。
そう、そこに存在などしなかったかのように。
「おい、亜紀。そこで何をしてるんだ?」
懐かしい声、我が兄の、妹尾布由樹の声である。
「兄さん!今、そこに誰かいませんでした?」
「・・・いや。もしも誰かがいたのなら、人外ということになるな。その場合、われわれの敵、ということになる」
何時にもまして鋭利な瞳で虚空を睨む兄さん。
これが埋葬機関36512小隊長D-MASTERの顔だ。
「亜紀、GUNSLINGERとBABELSPEAKERに連絡しておいてくれないか?」
GUNSLINGER。
BABELSPEAKER。
それにSTRINGとD-MASTERを加えた四人が我々埋葬機関36512小隊であり、あの人外の少年――――灰色の髪と瞳を持つ、魔性の少年――――を狩る者たち。
さあ、戦いは始まった。
あの少年と、埋葬機関の。
私と、彼の。
そして・・・
ヒトと人外は、どちらが優秀(生存するにふさわしい)かを決定するための果てしない戦いの一部が。

私は、兄の命令に従い、残りの二人に連絡をする事にした。まず、GUNSLINGERに電話を掛けた。
『はい、もしもし?不破ですが』
「私よ、GUNSLINGER。新しい人外を発見したの。」
『へえ、どんなのです?』
私は掻い摘んで説明し、命令―人外の抹殺―を伝えた。
『了解ですよ、亜紀さん♪その人外はGUNSLINGER・この不破悠が責任を持って始末しますから!』
「そう、ありがとう」
『あ、それとこの事は澪ちゃんは知ってるんですか?』
澪ちゃん、とはBABELSPEAKERの本名、菜摘澪の事。
「いえ、彼女には今から連絡するの」
『そうですか。なら、間にあったら増援よろしくお願いしますね♪』
あっけらかんと言い切るGUNSLINGER。
私はその声に一抹の不安を感じた。
それはGUNSLINGERを信じていないからではなく。まったく次元を異にする、私自身にも出所のわからない感情であった。その後、私は、その不安を胸に抱きながらもそれ以上は何も言わずに不破悠との連絡を終えると、菜摘澪に連絡する事にした。

   完全欠落/了

諦め顔の、天使。
瑠璃色の空は、
どこまでも清冽に、
無垢な心を、
蝕む。

望んでこの世に生まれた人間は、いない。
怯えと戸惑い、形のない疑念と焦燥。

感情の渦の中、
強いられる人生という名の戦いを続けながら、
少女たちは日々を重ねる。
ただ、前へと。

生きるという事に、
答えなどないとわかっていても。
それでも人は、
見えない明日へと手を伸ばす。

OP<
>2

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