私は菜摘澪。BABELSPEAKERという能力を使い、埋葬機関のために働くだけの女。 いてもいなくても世界には何ら影響ない、歯車。

時・夏期休暇第二日目 所・喫茶『デミウルゴス』

「申し訳ございません、私の所為で・・・」
運ばれてきた珈琲に口をつける事無く、私はただ謝った。
謝ってどうにかなる事ではないと解っていても、ヒト一人の命を捨てたことは、私にとって重過ぎる罪科だったから。
「気にすることはないわ、BABELSPEAKER。弱かった事がGUNSLINGERの敗因なのだから」
STRINGが慰め(?)の言葉をかけるも、私の心は晴れもしない。そう、私は間接的な殺人犯。
「さて、GUNSLINGERの事はもういいだろう、菜摘さん?問題は彼をどう埋葬するか、という事だよ」
埋葬。
これ以上生きながらえる事を許さず、存在すら認められぬものに与えられる、死の宣告。
嗚呼、それならば。
私こそ、埋葬されるべきかもしれないのに。
この罪深い、私こそ。

――――私はちいさい頃、何でもできると思っていた。
神代の言葉を使う私は、話すだけであらゆる事象を実現させた。今にして思えば、それは本当に可愛いもので。
『明日のお弁当はサンドウィッチが良い』
『いつも咆えるあの犬が咆えないように』
今考えても笑ってしまうような、儚い、願いの魔術。

それなのに、私は、人を、殺した。

「・・・・・・いるかい?」
「え?」
「やはり聞いていなかったかい?」
どうも自分の世界に没入してしまっていたようだ。
「すいません、D-MASTER」
「いいかい、もう一度言うよ。今夜九時、彼を呼び出してほしい。BABELSPEAKERの貴女ならできるはずだろう?」
「・・・・・・はい」
今夜、九時。
その時には、私の戦いにけりがつくのだろうか?
それとも私の人生に、だろうか?
まあどちらにせよ、今夜九時に解ること。今から考えても貴重な人生を無駄に消費するだけの話だ。私は無駄な事はしない主義なので、この議題はここでおしまい。

しかし、私は本当に生きているのか?
私の様な能力者が他にいて、それで私を生かしているだけなら?在り得ない事ではない。実際、埋葬機関には死体を操る能力者だっていると聴いた事があるのだから。
私はあまりにも恵まれすぎている。望み、訴えればそれが如何なる願いでも実現させてしまう能力など、カミサマ以外には手に余る代物だ。仮に私が気まぐれを起こして『人間』『は』『全て』『死ぬ』、こう呟けば、それだけで世界は破滅する。ただし今の所、私はそれを実行する気は微塵も無いし、それを応用して人外を絶滅させるほどには(本当に絶滅させられるのかは別として)埋葬機関に対して恩義も無い。いや、論点がずれた。私は自分が本当に生きているのか、を考えていたはずだ。

しかし、私が本当に生きているのかどうか等、大した問題ではない。私が死んだ(無くなった?)ところで、一体誰が悲しもうか?家族や恋人もいなければ、友人と呼べるものすら、埋葬機関にも学校にもいない。孤高、と言えば聞こえはいいが、それと孤独に何の境界線があるというのか。私は、私が知りうる限り、誰よりも孤独。けれど何もかまわない。信じるからこそ裏切られ、愛するからこそ憎むのに。自分から悲しみの種を蒔く必要もあるまい。他人がそれを聞いてどう思おうと知った事では無いし、私自身が孤独の虜である以上。恐らくは、どのような慰めでも無意味に終わるのだろう。

――――――哀しい事ではあるが。
時・じきに夜の九時 所・私立礼節女学院講堂兼聖堂

「よう、遅かったな。待ちくたびれたぜ、澪ちゃん」
軽薄な笑いを顔にはりつけ、灰色の少年は振り向いた。
「その『澪ちゃん』って呼ぶの、止めてくれる?私、自分の名前が好きじゃないの」
すると彼は頭を掻いて、ふてくされた様に問い掛けた。
「ならどう呼べば良いんですかね、お嬢さん。菜摘、でも駄目なんだろ?」
「・・・・・・そうね、BABELSPEAKERで、どう?」
「やだね、面倒くさい。だいたい、俺がお前の言う事を聞く理由が無い以上、俺がどう呼ぼうと俺の勝手な訳だしな。どうしても嫌だって言うなら、その能力を使えばいい。そうだろ、菜摘澪?」
多少強引だが、確かに一理ある。私は呼ばれ方について気にするのを止めることにした。
「で、何か用なんだろ?早く済ましてくれよ、俺も忙しいんでな。たしか、今日は十時から面白そうなテレビ番組があるんだよ」
あきれた。まさかこんなにも私が見下されているとは。
まあ、見下されるのには私にも責任の一端があるわけなのだから、そう気にもしないが。
「すぐに済むわ。貴方が大人しくしているなら、ね」
彼は、歯医者かよ、と言って笑うと私の方に向き直った。
ピピピ・・・ピピピピピ・・・・・・
「何だよ、携帯かメールか?仕方ねえな、出ろよ。待っててやるから。俺は女の寝首かく趣味は無えんだ」
・・・多少の気恥ずかしさもあったが、私は携帯電話を取り出すと、メールを確認した。

件名[クリーチャーについて]
送信者[埋葬機関情報部]
[先日開発された能力を保持したクリーチャー、サンプル�癸横隠界繊椶諒�析が終了。量産体制を確立。よって、サンプル�癸横隠界繊椶紡个垢訛荵絢鑛歛弧仁瓩魏鮟�。以後、サンプル�癸横隠界繊椶僚萢�は36512小隊が全責任を持つものとする。なお、このメールは読後記録を消去する事。]
今は関係ない連絡だ。私は手早く記録を消去すると、再び彼に視線を向けた。
「もういいのか?」
「ええ」
短い、最低限の言葉をやり取りする。
・・・私は禍禍しき少年の立ち姿を捉えた。

さあ、今から私の未来を決める戦いが始まる。
勝つのは私か、少年か。嗚呼、今こそ私は生きている。
戦いに身をおき、命をやり取りし。
私は今、はじめて生を実感したかのような錯覚を覚えた。

―――今更になって、私は彼の名すら聞いていない事を思い出した。

   成立矛盾/了

迷わずに歩ける強さ。
ただ、それだけを。

信じられる、笑顔とともに。

なくしたもの。
忘れていたもの。
気付かずにいたもの。
それぞれが持つ、思いのカタチ。

本当の寂しさを知る者だけが、
本当のぬくもりを知っている。
それは、欠けた心のピースの形を、映すが如く。

心を覆う、鈍色の空。
晴れゆくその日は――――
何処に。
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