第壱章:2 『4−1=?(2)』
1999/6/28
山田ざくろの視点から見えるモノ

想像出来るだろうか。時は初夏、所は公園のトイレ裏手。
そこに、頭から足まですっぽり隠した赤いマントの男が立っている光景を。
「ンだよ、手前。何か用かぁ?」
「もしかして、アンタもこいつとヤりてぇのか?」
「ひひ、そりゃいいな。山田ぁ、相手するよなぁ?」
下賎な声が耳障りだ。しかし、私には自分の耳を塞ぐ自由すら与えられてはいない。
しかしまあ。それもまた、楽でいいか。
ところが、やって来た男は、周りのクラスメイトには目もくれなかった。
「山田ざくろ。お前に少し、用がある」
「私…に…?」
信じられない展開。しかし、それは間違いなく現実だった。
「あぁん?手前、何俺ら無視して話し進めてんだよ?」
その折、一人が不用意に男の肩を掴む。しかしその次の瞬間、そのマントが翻った。
「うぜぇ。俺は山田ざくろと話がしてぇんだ」
地に倒れ伏す少年を、赤マントの彼が踏みつける。それは一方的な暴力の様でありながら、私の心を掴むには十分すぎる美しさをも兼ね備えていた。
「て…手前、山田の知り合いかよ!?」
じりじりと距離をとる少年たち。その中心には、私と赤マントの彼が居た。
「いや、俺と山田ざくろは今日が初対面だ。で、言ってるだろ、こいつと話がしたいって」
訊かれたから答えてやったがな、次に無駄口叩いて見ろ。殺すぞ?
赤マントは笑う。にやりともせず、言葉だけで嗤う。それは、あまりにも透明で。
そう、まるで、朽ちた邪念の様だった。
「ふざけんじゃねぇ、この人数に勝てると思ってんのか!?」
彼を挑発するなんて、正気の沙汰ではない。ああ、きっと彼らは頭が悪いんだ。
この怖気のする程の殺気に気付かないというのなら。
「山田ざくろ。悪いな、少し時間を貰うぞ」
赤マントは、一陣の風になった。

「さて、と」
屍山血河。それが、正しい表現だろう。血の海の中、彼だけが立っている。
「少し、話をしようか。そうだな、悪魔の契約についてなんて、どうだ?」
呆然と佇む私に、赤マントがにやりと笑いかける。刹那、彼は顔をそらして頬を掻いた。
「ああ、悪いな。気がつかなかった。とりあえず、服着ろ」
言われて気付く。裸なんて見られ慣れたからどうという事では無いけれど、礼儀に反する。
私は取り急ぎ、制服の上を羽織った。
「とりあえず、初めまして、だな」
気さくに挨拶をする赤マント。彼の言葉が指すように、私たちは初対面なのに。
「初め…まして…?」
ただ、呆けた様に繰り返す。彼はしゃがみ込み、視線を合わせた。
「初めて会ったら初めまして。違ったか?それならすまん、こっちにまだ慣れてないんだ」
彼は苦笑し、そこで思い出したように私の顔を見た。
「そうそう、悪魔の話だったな。なあ、山田ざくろ。お前は、悪魔や神様を信じるか?」
「…神様は信じない。悪魔なら、信じてもいい」
ニヤ、と口が横に裂けた。満足そうな笑みを浮かべ、赤マントは立ち上がる。
「そう、か」
なら、いっそ悪魔と契約してみないか?
赤マントは笑う。何よりも清冽に、何よりも邪悪に。
「信じる信じないはお前の自由だがな、契約するなら三つの願いを叶えてやろう」
三つの願い。良くあるパターンだが、そのアーケタイプじみた素朴さに心引かれる。
信じて、みようか。私はその意を、赤マントに告げた。
「なら、詳しい契約内容はこれだ。最初の願いの前なら、契約破棄は可能だからな」
彼はポケットから一枚の紙を取り出した。羊皮紙を期待したが、ただの洋紙だった。
「そうそう、俺の名前はメギド。呼び方は何でも良い。お前はどう呼べば良いかな?」
「じゃあ、メギド…ざくろ、でいいよ」
「なら、ざくろ。以後、宜しく」

本契約に於いてメギドを甲、ざくろを乙とする。
甲は乙の願いを三回にわたり叶えるものとする。
乙は如何なる願いも望む事は可能だが、願いの回数を増やす事は出来ない。
実行不可能な願いは、願いを望んだとは認められない。
乙は甲に願いについて相談する事が出来る。
ただし、甲と乙はあくまでも対等の関係であるとする。

紙に書かれていたのはこれだけだった。
「で、ざくろ。最初の願いはあるか?それとも契約破棄するか?」
そこで彼は、マントのフードを脱いだ。そこに在ったのは、灰色の顔。
灰色の髪、灰色の双眸。邪魔夜に酷似する特徴を兼ね備えていた。
「邪…さん…?」
「ああ、魔夜か。あれは妹だよ。お前が学校に居る時は、あれが俺の代理に働くから」
まあ、ユーザーサポートの一環だな。と、彼は屈託の無い笑みを浮かべる。
「そう、兄妹なんだ」
「ああ、あいつはあれでしっかりしてるからな。頼りにして良いと思うぞ」
メギドは照れ臭そうに言う。悪魔とは思えない無邪気さだった。
いや、完全に邪悪だからこそ。完全に清廉なモノと区別出来ないのかも知れない。
「で、ざくろ。願いは保留で良いのか?」
「いいえ。最初の願いは…」

田中加奈子の、殺害だった。

続劇 >  『4−2=?(1)』


今回のBGM ベートーヴェン作曲『交響曲第九“合唱”第四楽章』
←『4−1=?(1)』

戻る