第参章:4 『4−3=?(4)』
1999/6/30
菅原樹の視点から見えるモノ

チャイムが高らかに、二時間目の授業の始まりを告げた。けれど、火狩さん(と、僕)は教室には居ない。何時もからサボり気味な火狩さんは、授業を抜け出す事に対してあまり罪悪感が無いらしい。その上、火狩さんは授業を時々抜け出している割には成績が良いので、先生も少しは見逃している様だ。中途半端な進学校であるここにとって、少し位生活態度が悪くても、成績優秀な生徒は手放せない存在なのだろう。有名大学に合格する、そういう実績さえ残してくれるならば、どんな生徒もこの学校の役に立つ存在なのだから。
さて、そんな学校で授業にも出ずに僕達が何をしているか、と言うと…田中さんの飛び降りた―――火狩さん曰く、飛び降りさせられたか、突き落とされた―――地面を、二人で目を皿にして歩き回っていた。警察も見逃したような小さな手掛かりが在るかも知れない、と僕が口を滑らせたばっかりに。
そんな事を言う僕も僕だけど、僕まで巻き込んで即実行する火狩さんも、充分どうにかしていると思う。

「菅原、あんた何か見つけた?」
「僕の方は、何も。火狩さんは?」
火狩さんは首を横に振ると、ポケットに入れていたペットボトルの紅茶を一口飲む。見ると、額には玉の様な汗。制服も汗で透けて、下着のラインが少し見えかけている。僕は急に恥ずかしくなって、視線を逸らして空を見上げた。
まだ六月だけど、今日みたいに晴れた日はかなり暑い。確かに仕方ない事だけど、火狩さんも少しは注意しておいて貰いたい。男性からだけで無く、後輩や同級生の女性からも告白されたりする火狩さん。成績優秀で、運動も出来る。少し取っ付き難い雰囲気だけど、さっぱりとした性格。僕の胸で、心臓が早鐘の様に鳴っていた。
「…菅原。あんた今、嫌らしい事考えてない?」
「さ、もう少し探しましょうか」

そして三時間目始めのチャイムがなった。結局何も見つからないまま、僕達が得たのは不本意な発汗だけだった。僕は暑さには弱い性質なので、木陰でぐったりしていた。
「情けないわね、菅原。あんたも高校生でしょ、少しはしっかりしなよ」
「そんな事言ったって…もうこれ以上ここ探しても、何も見つからないと思いますよ?火狩さんは、これからどうするつもりなんです?」
火狩さんはポケットから紅茶(もう半分程にまで少なくなっていた)を取り出すと、くい、と仰いだ。手の甲で口を拭い、眉根を寄せて黙考する。1、2分ほどそうしていただろうか。突然頭を掻き毟り、悔しそうな顔をすると、火狩さんは校舎へと歩き始めた。
「火狩さん、どうしたんですか!?」
「しくじった!私とした事が、何で先に屋上を調べなかった!」
火狩さんは心底悔しそうに呟き、ほとんど駆け足にも近い速度で階段を上りだした。僕はそれについていくのに必死で、それ以上は何も訊けなかった。一体、彼女は何をしようというのだろうか?

屋上の扉には、鍵が掛かっていた。まあ、学校側としても当然の処置だ。もしこれで鍵を開けていたりしたら、この学校の存続問題にまで発展するかも知れない。
「鍵、掛かってますね」
「菅原、見たら分かる事を言わない。……仕方ない、やるか」
火狩さんは溜息を漏らすと、丁寧に扉を調べ始めた。その目は真剣そのもので、僕が何と言おうが、作業を中断しない事なんて分かりきっていた。途方に暮れつつ、僕はぽつねんと立ち尽くす。
「…材質は鉄。塗装のおかげで酸化はほぼ無し。耐熱耐水は恐らく問題無し、頑丈さは折り紙つき、と。…ふんふん、鍵穴は一つか。この程度なら…三分かな」
ぶつぶつと、一人呟く火狩さん。彼女はおもむろに振り返り、言った。
「菅原、あんたヘアピン持ってない?」
「……持ってないです」
僕が応えると、火狩さんはご丁寧に『役立たず』とまで言ってくれた。けれど、悪いのは絶対火狩さんだ。僕はただヘアピンを持っていなかっただけだ。それに、少し考えてみれば、僕の髪形ではヘアピンを必要としない事位分かる筈だ。
「菅原、少し待ってて。私、道具調達してくるから」
火狩さんはそう言い残すと、あっと言う間にどこかへ消えた。もう三時間続けてサボっているし、これ以上サボタージュが増えた所で何も変わらないだろう。僕はそう判断すると、階段に座り込んだ。ところで、火狩さんの調達しに行った道具って何だろう。思うに、鍵をこじ開ける針金か何かだと思うけど。でも、火狩さんの事だ。彼女がチェーンソーを持って帰ってきても、驚かないようにはしておこう。
「ただいま。ちょうど良い具合に、針金が転がってた」
火狩さんは針金を一束抱えて帰ってきた。ホームセンターで売っている様な、日曜大工で使ったりするあれだ。はっきり言って、その辺に転がっている確率は零だと言っても過言では無い。それを扉の鍵穴に捻じ込んで弄っている火狩さんを見て、僕は無駄な事だと知りつつも、問わずにはいられなかった。
「火狩さん、その針金、どこに転がってたんです?」
「そりゃあんた、美術室に決まってるでしょうが」
……それは、転がっているのとは違うと思う。立派な窃盗だ。火狩さんには残酷だけれど、僕は窃盗罪の片棒を担ぐつもりは無かったので、聞かなかった事にした。

   かちゃり。

澄んだ金属音が小さく響き、屋上への扉が開かれる。昨日と、今日の朝の間に捜査は終わったのか、警察の姿は見えなかった。そもそも火狩さんは、警察がまだ残っていたらどうするつもりだったんだろう。少し気になったけれど、聞かないでおく。これが大人になるという事だ。
「ったく、朝一番にこなかったのは失敗か…」
火狩さんは忌々しげに吐き捨てた。それでも屋上を隅から隅まで見て廻る辺り、まだ何か見つかるかも知れないと思っているのだろう。僕も、それに付き合おう。一緒に事件を調べると、今朝決めたばかりだから。
火狩さんは屋上を見ている事だし、僕は貯水タンクの方を調べよう。さっき登って来た階段の上、屋上よりまた一段高い所に、丸い貯水タンクがある。漫画やテレビで見る、いかにも学校の屋上と言った感じの配置だ。奇抜な配置をされるよりは良いけれど、独創性に欠ける気がする。
そんな事を考えながらも、階段を見つけてタンクの横に登る。少し高い位置から火狩さんを見下ろすと、彼女はまだ屋上を歩き回っていた。さあ、僕は僕の仕事をしよう。何か手掛かりは――――在った。貯水タンクの根元、よく注意しなければ見落としてしまいそうな位置に。僕は、それを手にとった。長さは20センチ位だろうか。その割には案外軽いその金属片は、どう見ても短剣の形だった。これで金網を切り取ったのだろうか?僕は注意深くそれをハンカチで包み、階段を降りて火狩さんの元へ走る。

「ダガー?投擲用みたいだけど、切れ味は良さそうね…」
火狩さんは目を細め、品定めでもする様に短剣を眺めた。銀一色の短剣は、刃以外の部分に様々な装飾がなされ、芸術品と言っても信じられそうな位綺麗だった。そのとき、僕は短剣に文字が彫られている事に気付いた。装飾によって巧妙に隠されていたので、火狩さんもぱっと見ただけでは分からなかった様だ。
「De…mi…our…go…s…?火狩さん、これ何か分かりますか?」
記憶に無い単語。短剣から目を離し、火狩さんの顔を窺うと…彼女は、信じられないと言った表情でその文字を読み返していた。そして、渇いた笑いを漏らす。
「デミウルゴス―――ニセモノの神様の名前よ」

続劇 > 『4−3=?(5)』

 
今回のBGM ヴィヴァルディ作曲『四季“夏”』
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